終わりに、そして、はじめに。


このブログは4年前、82歳でレビー小体型認知症を発症した母の最期の日々を
そしてその母を何とか見送った50代半ばとなった娘のココロの葛藤を書き残しました。


迷って苦しんだとき、たくさんのブログを彷徨いわたり
何とか答えを見つけようとしていた、その時の自分に
探していた答えを残したいと思ってきました。



母がレビーだとわかったとき、これからどうなっていくのか、
予後が知りたくて知りたくて。
あまりはっきりしたことが書いてあることはなかったけれど、
どこかで、発症してから6年くらい とあったのを見た。
倒れた時母は82歳。女性の平均寿命が約87歳。
そんなことばかり考えていた。


レビーの症例なんかもたくさん読んだから、
次はこうなっていく、こんな症状がでるはずと
毎日ビクビクして過ごしていたけれど、
今になってみれば、そのすべての症状が現れるわけではないとわかる。
パーキンソンに似た症状もあまり見られなかったし
拘縮もほとんどなかった。


ただ、他に病気はなかったけれど、
レビーを発症してから身体の機能が低下していく速度は
とても早かった。
そしてそれも今になって理解できたこと。


先日帰阪した際、久しぶりにすみれさんに会ったけれど、
面会に行った時、デイルームで殻付きピーナツをむきながら
バリバリ噛んでお茶していた。91歳。
足は多少弱っているものの、背中も曲がらず
容姿は4年前と全く変わっていなかった。
こちらは時が止まっているかのようだった。


四十九日を済ませ、お香典返しなども終わり
従姉から厳しいダメだしがあったり、
兄よ、しっかり頼むで~的なことも重なり
少々バテ気味な今日この頃。


先日、施設の帰りによく通った道を歩いていたら
突然、母のやせ細った手を思い出し、その手をぎゅっと握りたいと感じた。
在宅だった頃、母への嫌悪感が大きくなり、
身体に触れるのも抵抗がある時期があった。
なのにね。自分がこんな風に母を想う日がくるとは思わなかったな。



ブログを書き始めたころ、何人かの友達にもブログのことを伝えたので
お悔みしてもらった。

本当にありがとう。

それから、4年間、心配かけてしまったね。ごめんね。
今思うとあの頃のテンションは変に高かったような気もする。
単に、若かったからか?
自分の苦労話を押し付けてしまったようで…申し訳ない。


友人たちは 自分は介護したことがないからと
私のことを思いやってくれて、
だけど介護ブログ界(?)じゃあ、
私なんぞのは介護のサワリみたいなものだったと思う。

母が特養の入居が決まった時も、
介護ブログ界の同志たちに申し訳ないみたいな気持ちにもなったりして。


でも、私の介護なんてまだまだだ って
この程度で弱音を吐いてるなんて って
それでもやっぱり苦しくてもがいてて
そんな4年前の私のような人がまたこのブログを読んで
おんなじだ・・・とホッとしていただけたら嬉しいです。




母をおくり、
来春次男は大学を卒業し就職。子育ても一応おしまい。
次は、オットの定年が近づき、自分たちの老後のこと。
自分たちの身体のこと。
自分たちの終い方を考えていく時になりました。



これで私の介護ブログも卒業です。



読んでくださってありがとう。
コメントをありがとう。
励ましてくださってありがとう。
一緒にもがいてくれてありがとう。








f0291972_11401437.jpg
ありがとう。



































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# by kissinheaven6002 | 2017-08-10 12:00 | はじめに…そして終わりに。 | Comments(6)

介護の終点


週末、母の納骨と四十九日の法要を終えました。


無事に母を大阪に連れて帰ることができました。


大阪に戻ることが介護の終点だと思ってきました…




当日は物凄く暑くて、立っているだけで
汗が流れ落ちてました。
そんな中、葬儀には参列できなかった
母の昔からのお友達やその家族が
集まってくれました。



大きな本堂のとなりの広間で法要していただき、
その後本堂の下にある納骨堂へおさめられました。


納骨堂の扉は本堂の真横にあり
重厚な扉が開けられ、
私たちはそこで見守りました。


始まる前に骨壺から小さな木箱に親族の手で移し替え
その小さな木箱をお坊様が持ち、

それでは納骨させていただきます


みたいな言葉のあと、
扉の奥にある金箔の施された部屋の
その奥にある階段を静かに下りて行かれました。


その時の情景を思い浮かべると…なんだか涙があふれてきて困ってます。


御本尊様の下、それはとてもとても安らかな場所であるようで
まるで、母がその母の胎内に戻って行ったような・・・
そんな風に感じました。


再び姿を現したお坊様の手にはもう何もなく、
また重厚な扉が静かに閉められました。




安らかに。
あ~~~ おわりました。













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# by kissinheaven6002 | 2017-07-26 11:11 | ひとりごと。 | Comments(0)

あの人は今…


すみれさん。
母の4歳上のお姉さん。
今月、91歳になります。


母がこちらに来て以来、
同じ内容の電話が度々かかってきていたけれど、
今年に入り、何故か母は一人で、
父の故郷である鹿児島に行ってしまったという設定になり
それ以降うちにはあまり電話がかかってこなくなった。


母が亡くなった時も満場一致で
すみれさんには伝えなかった。

あともう一人、父の弟にも
その娘、わたしの従妹の意向で伝えなかった。
こちらもやや認知症が始まっている。


80歳を超えていても、
やっぱり認知症のない方には
辛いけれど伝えられた。


すみれさんのことも、
妹との最期のお別れができないなんて
なんとも切なすぎるけれど・・・
その時のその感情に振り回されては
その後の主介護者である従姉の苦労は計り知れない。
それでなくとも、

90歳になる私をいつまでこんなところに入れとく気だっ!!!!

と言って毎夜電話があるらしい。



前にも書いていると思うけれど
すみれさんの人生はやっぱり少し変わっていて
今なら多分 LDだとかそう言った診断がでるだろうと思っている。

とにかくお金の計算ができなくて
その上財布というものをもっていなかった。

容姿も、短髪で細身。スカート姿は見たことはない。
なのでいつもズボンのポケットにお金を入れていて
そこからおこづかいを取り出してくれていた。
誰かの為にお金を使うことも全く厭わなかった…
けれど、今となっては退職金がどこに行ってしまったのか
わからなくて、従姉も困っている。
信頼できる友人に預けてしまっているらしく
それが見つからない。

母も言っていた、純心で本当にイイ人なのだけれど、
常にその身の回りの世話をする誰かを必要としていた。
そしてまたそういう人に恵まれた人生だった。


私が20歳を過ぎた頃から両親とすみれさんと私とで
暮らすようになった。
すみれさんは何があろうと自分の生活リズムを崩すことは
絶対になかった。


ダスキンのモップ同じのが当時2個あった。
父は父でA型の几帳面タイプだったのだけど、
父が汚いところを掃除してモップが汚れる!っていう
???なすみれさんの愚痴回避のために
母が二つレンタルしたのだった。


その時に私はすみれさんの実態に結構苦労?不満があり
よく食ってかかったりしていたので
多分すみれさんは今も私がコワいはず。
一方、とても面倒見のいいすみれさん!と
ずーーーーっと思ってきた従姉は今散々苦労している様子。


納骨で帰阪する際、すみれさんに会いに行くと従姉に伝えたら、
実は、すみれさんの誕生日で悩んでいると。
誕生日会をしても翌日には忘れてしまい
また文句を言われるだけだし・・・
でも何もしないのも悪い気がするし、と。


忘れられてもエエやん?
とりあえずその時その場所では喜んでくれたら
それだけで、誕生日会やったって自己満足できるやん?
みんなでやって、一緒にビールのもうよ!

って言ったら従姉がとっても喜んでくれて。
介護してる人にしかわからんな、と。


すみれさんから見て、甥姪は9人。
一番年長だった甥が亡くなってしまっているので
その次にくるのが、その従姉。
だからと言ってその従姉だけに負担かけるのもおかしいのだけれど。


すみれさん。昔から自分の健康のことだけを考えていた。
じゃこだのとろろ昆布だの、自分用のがイッパイあって
母が揚げた揚げ物の衣は全部、はがして残していたし。
その甲斐あってか今も自前の歯で
バリバリ噛んで元気らしい。
でも、アルツなので一人では外に出せない・・・
せっかく他は元気なのに。


そんなこんななすみれさんにも会ってきます。


父が闘病中にも、父とすみれさんの板挟みになってた母。
すみれさんの心無い言葉に、心底から腹が立っていたことも多かった。


でもね、やっぱり母の川柳ノートに見つけてね・・・




亡母のこと話せる姉が側にいる




自分の母のことを思い、そしてその思いを側にいる姉に打ち明ける。
少し衝撃を受けた一句でした。
当たり前なんだけれど、母も・・・娘だったんです。
そして、妹だったんです。



私の事、お姉ちゃん って呼んでたもんな。

今頃、

あんたのこと、お姉ちゃんって呼んで悪かったな

って謝ってるかもしれない。
お互い様だね。



















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# by kissinheaven6002 | 2017-07-10 18:49 | ひとりごと。 | Comments(0)