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今さら…?


昨日、母を訪ねた時スタッフから
母に、パンツを用意してくださいと言われました。

普通の下着パンツです。


うちの施設では入居者の方に家で暮らしていたのと同じように
生活していただくことを目標としているので


ということでした。




とりあえず了解して帰ってきたわけですが
昨夜からやっぱり何か、



・・・



な訳です。
入居して一年半が過ぎた今? です。



昨日の母もやはり反応薄く、言葉もはっきりしなかった。
そんな母を見ていたら、もう何も反応しなくなる日も近いのかなと
ふと思ったりした。



そんな時に、リハパンから普通のパンツに戻すと言う。
母にとっても、スタッフにとっても、
その努力、今さら必要なんだろうか…


今も声かけしてトイレに連れて行ってもらっている。
それでも失敗している時もあるらしい。
ナースコールもうまく使えないし、
第一、トイレに行きたいからと言って誰かを呼んで手助けしてもらうってことには
今みたいになってても抵抗があると思う。
それでパンツで失敗してしまったら、
きっとイヤだと思うけど。
きっとまたスタッフに叱られたと感じると思うけど。



昨日も、自分は一人で歩けないのが哀しい、みたいなことを言ってた。
転ぶとアブナイから一人で立ったらダメだよ、と言うと
いつもそう言ってみんなに叱られてる、と。



トイレに一人で行こうとするような気がするけどなぁ。




なんてことを考えているうちに
やっぱり家族としては、今さらパンツにすることを望まないって
言ってもいいかな~



第一ね、今さら、家と同じような暮らしを って
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ…
イラっとしちゃったわけです。



もういつ死んでもいいわ…


なんてことを久しぶりに昨日言ってて
何か嫌なことがあったのかな、と。


生きること
生き抜くことって本当に大変なことなんだと
最後に母が私に教えてくれている
最近感じています。













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by kissinheaven6002 | 2016-10-31 09:33 | ひとりごと。 | Comments(1)

赤い靴下


昨日の母は、随分と沈んでいる様子だった。
というのか、こういう状態の方が多いかな・・・・


三時のおやつも終わり、部屋のベッドでいつものように寝ていた。

こんにちは~、来たよ~

と挨拶して、閉め切ってちょっと暑い部屋の窓を開ける。
そういえば部屋のデジタル温度計。
ここのところずっと、Lo の表示で。
電池換えてないし。



母が、

誰?誰が来たの?

と顔も向けずに何度も聞く。


わたしだよ~

と何度も答えるけれど、

誰?名前言って!!!


と。
とりあえず、自分の名前を名乗ることほどコワイことは
今の所ないので・・・


ちゃんと自分で顔見て、確かめて~


↑ 自分で言っておきながら
うまいことかわしたなと、一人納得していたのでした。


最近の母の記憶は、私や兄とか昔の家族の部分がフォーカスされている気がする。




昨日は少し長めの靴下を二足買って行った。
いつも足首あたりが冷たいので。
引き出しの中にはハイソックスも入っているのだけれど
履かせてもらえていないし。


赤いのとグレーのと、二足。

靴下買ってきたよ、と赤い方を見せながらいうと
靴下が欲しかったという母。


引き出しに入れておくから、というと
名前書いてあるか?みたいなことを言うのでびっくり。


その後少ししてから、靴下は?ときくので
引き出しからグレーの方を取り出して、
ここにあるよって見せると、
それじゃない、って。

赤いのを見せると納得。
なので赤とグレー、二足買ってきたからと
もう一度見せると、それを手に取って大事そうに
抱え込んでしまった。


それが何だか物凄く切なくて。
明日の朝、靴下を二足握りしめたまま
母が旅立ってしまったらどうしよう…
一足たった300円の靴下が最後のプレゼントみたいになったら…
せめてもっと高い靴下にすればよかった。
300円のが3000円になったとしてもそれほど意味はないのだけれど
ふとそんなことを想ったりして。


母のユニットの他の入居者の方を見ると
多分みなさんご自分で服を選んで着ていらっしゃると思う。
女性の方は皆さん、重ね着してるから。
母だけ、ベストとか何も重ねてない。引き出しにはあるんだけれど。
施設の中は温度管理されているので、言ってみれば
それほど着るものに変化をつける必要もないし。


今、母に何か一つさせてあげられるとしたら
やっぱりショッピングだと思う。
ヨーカ堂とかしまむらとか山のように商品が並んでるところで。





実家を引き払った時に、
とある商社のファミリーセールの登録を私名義に切り替えた。
兄が実家で暮らしてた時、よく母と2人でそのファミリーセールに行ってた話を聞いていた。

そうめんやらかつお節からお兄ちゃんのネクタイ、ワイシャツまで
何でも買えるのよ

って母が言ってた。
その後わが家に送られてくる案内状はやっぱり大阪会場のものばかりで
やがてそれも来なくなり最近ではすっかり忘れていたのだけれど
それが突然先日、わが家の近くの会場の案内が届いた。


時間もあったし、私は初めてそのセール会場に行ってみた。
母の行ってたとおり、地方の名産からブランド服までなんでも売ってた。
長男の、縦には小さいけど横には大きいというやや特殊サイズのワイシャツも買えた。


懐かしくて、兄の家の近くでもあるようなので
そこの招待状を取り寄せて兄にも送ったら
兄も喜んでくれて早速出かけてみるらしい。



ホントは母にも、


イトチューのファミリーセールに行ってきたよ~

って言いたい。
握りしめてる靴下。今履き替えるというので
赤い方に履き替えた。



脱いだ靴下、もうすっかり薄くて伸びきってて
ゴミ箱に捨ててきた。















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by kissinheaven6002 | 2016-10-22 10:56 | ひとりごと。 | Comments(2)

りんごのうた


ブログの機能が進化していてアタフタしてますが。




先月、入居してから二回目の敬老会がありました。
昨年は、施設オープンからまだ5か月。
スタッフもなんだかバタバタしている印象でしたが
二度目となれば、スタッフと入居者が、
すっかり顔見知りになっているし、
運営の方も随分とスムーズにコンパクトになっていたように感じました。



去年の母は、大ホールにスタンバイした時点で
退場した記憶がありますが、
今年は午前の部も、午後の部もフル参加できました
↑そんなにあるんかい?って気もするけれど、こんなもんなのかしら?




午後の部には歌うコーナーがあって、
母の耳元で リンゴの唄を熱唱してみたら
母の口もモゴモゴ動いていました。


今年も一番盛り上がったのは、

高原列車は ラララ どこまでも行くよう♪

って曲でした。ライブのエンディング並です。
私たちの世代はどういう曲になるんでしょうね。
西城秀樹のYMCA は運動にもなりそうで使えそうです。


昼食は家族1食分をお願いしてあったので
私は母のを一緒に食べることにして
オットを施設に呼びました。

入居してから初めてだったと思います。
一度行ってみようかな~ なんてたまに言ってくれてましたが
私が、正直面倒なので断っていました。


母を尋ねるのは私以外では うちの家族と兄家族しかいません。
たまに母に会う人にとっては、その日に会った母の状態がすべてです。
そしてたまに会う人には、母もわりとはっきりとした反応を示す。
特に私をひどく落ち込ませる状態の時のことを
わかって欲しいとは思わないけれど、たまに会った時の状態で
判断されるのはやはり・・・という気持ちは主介護者あるあるかな。




久しぶりの対面となったオットを見て母は

あらーーーーー久しぶり・・・
どうしてたの?
あらーーーーー


と驚きと懐かしさと。過剰な反応ぶりにオットオロオロ。
わたしも、母がわかっているのかいないのか、わからない。
そしたら母が、


どちらさんでした?



旧知であることはわかるけれど、
はっきりと誰かはわからないらしい。

するとオットは、


おばあちゃんの、娘の オットです!


と私を指さして何度も説明をする。
私はそれ以上は止めて!と目配せをする。
このあたりの、踏み込んではいけない境界線みたいなのが
オットはさっぱり関知しないところが困る。


その数日前、母と話している時にちょっと深入りしずぎて
困った状況になったことがあったので止める私は必死。



でも母はオットに、


ビールもなくて悪いね・・・


と。オット=ビール なので
母、わかっていたようでした。





オットが帰ったあと、
私は初めて会ったスタッフの女性が、

娘さんですか?

と。最近髪がドンドン短くなってる私は
自分でも、母と同じような髪形になってるのも気になってて、

そうです…髪形まで同じになってます。


するとその女性スタッフさん。


とても似ていらっしゃる。
お母さまも、お若い頃こんな感じの方だったんだろうなってわかります。


と。似ていると言われるのはそうそう嬉しいとは言えないけれど、
そのスタッフが母の若い頃、元気だったころの姿を想像してくれているのが
とてもとても嬉しかった。


当然のこととは言え、最初から認知症のおばあさんであったわけじゃない。
この人は昔こんな人だったのかもしれないと、
想像してくれるだけで、ちゃんと母を見ていてくれるという気持ちになれる。



終わってベッドに戻った母はとても疲れたようだった。
変わらない毎日の中で、その日は激動の一日だったんだろうと思う。
下手くそなリンゴの唄に疲れてたのかもしれないけど。










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by kissinheaven6002 | 2016-10-07 12:30 | ひとりごと。 | Comments(2)