最期のとき


今日は何の予定もなく、ダラァ~っとしています。
朝のコーヒー、母の分もいれてみました。
この家で何回母にコーヒーいれてあげたんだろう。
きっと数えるほどじゃないのかな。
何で毎日いれてあげられなかったのか?
いや、できなかったからやれなかったんだと思う。



入院している母のことを最後に記事にしたのは6月2日。
それも病院に行く前に書いてた。
その前1週間ほどはあまり変わりなかった。


5月31日
兄と病院に行った。
母は超熟睡しているようで、なんとなく寝顔をみながら待っていると
しばらくして目を開けた。


入院直後の痰の検査で、何とかっていうウイルスが見つかったようで、
そのウイルス自体は健康な人からも検出されたりする
そんなに問題のないものだけれど、
ここの病院の規定で面会の際には、マスク、手袋、ビニールのエプロンの
装着が義務つけられているようで
面会の度にそれらをつけていた。一見、かなり仰々しいかんじ。
隣のベッドの方とか、いやだったろうな。


で、そのエプロンが濃いピンク色で、
私がベッド横に貼り付いてたら、母はそのエプロンを引っ張って
くちゃくちゃいじり始めたりしていた。


その日は兄のエプロンをクチャクチャ引っ張って、
それがまた結構強い力だった。



この日の面会は一時間超えていた。



6月1日
前日、まだまだ力もありそうだったので面会はお休み。
長丁場に備えて、っていう気持ちもあった。



6月2日
ブログを書いてから病院へ。
母は目覚めていた。やっぱり手だけがウロウロ動いていた。
隣に座って顔を覗かせてたら、
母の手が私の顔にのびてきて、そっと前髪をなぞってくれた。
物凄くビックリしてドキドキしたけれど、わかった。
薄い色のサングラスを頭にのっけてたから、それに手を伸ばした様子。

パワーストーンのブレスレットとか
綺麗な色のもの、よく見えていたみたい。

何となく話かけたりしているうちに
母はまた眠ってしまった。
でもとても穏やかな様子。



ただ私が気になったのは、吸引された痰に血が混じっていた。
痰はベッド頭上横に取り付けられた透明容器に溜まっている。
多分、1リットル溜まると交換されるんだと思う。
入院後2,3日は血が混じっているようで
その後は白くなっていた。
それ以来、初めてまた血が混じってた。



6月3日
この日はママ友とのランチを優先。
同い年のママ友は、7月に息子が結婚、そしておばあちゃんになるという話。
私は母をおくる話。
今の私たちの世代はそういう命の流れのど真ん中にいるんだっていう実感。



6月4日
兄家族とひ孫くんとともに面会。

母は薄目をあけて眠っていた。
ひ孫くんが呼びかけてくれたり、まわりのワイワイが聴こえたのか
少し目を開いたので、起きたのかな。
その後順番にいろいろ声をかけたけれど反応はなかった。

なので今から思うと、意識レベルがかなり低下していたんだろうな。

今までなら返事はなくとも、目がピッと動いて反応したり
時には、

は…い…

なんて返事もしてくれていた。


それでも手は布団の中で少し動いていた。
あと、少し痰の絡みがいつもより気になった。
義姉などはビックリして、すぐに看護師を呼んで! なんて
言ってたけれど。


病院を出たのは午後3時くらいだったと思う。







そして6月5日
午前3時すぎ。病院から電話がかかってきた。






長くなるので一度ここで終わります。














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# by kissinheaven6002 | 2017-06-10 12:33 | ひとりごと。 | Comments(0)

魂の帰るところ


昨日葬儀を終え、
母を送ることができました。



眠る母の顔。
4年前に母が入院した時から、
どれくらいの時間、母のベッドの隣で過ごしただろう。
どれくらいの時間、母の寝顔を見て来たんだろう。


寝顔をみては、様子を伺い、調子がどうかと観察してきた。
そしてその寝顔には、どんなに苦しそうなときにも
必ず目覚めがあって
明日がやってきた。


あぁ、でももう目覚めることはないんだ、
終わったんだ・・・


そしてこれが、介護は突然終わる ってことなんだ…




お通夜の時から、涙があふれてあふれて。
自分で、葬儀の最後まで大丈夫なんか?と
心配になるほどで。



最後に母の寝顔にお別れをして。
それが私には本当のお別れの時だった気がする。


そして骨となってしまった母と対面したとき、
自分で心配してたのとは全く逆で
もうこの世から解放され、魂の帰るところに
戻っていったんだと思えて、
悲しみとかそういう気持ちが
はれて、涙はもうでなかった。




この感じは、ちょっと不思議でした。
母の長い長い人生の最期、
幕を下ろし、見届け、見送ることができたという
安堵だったのかな。







ところが・・・喪主の兄。
骨となってしまった母を見て
気持ちが切れてしまった、と。
最後の挨拶がなかなかできない状態でした。











お悔みの言葉、
ねぎらいの言葉をいただきまして
ありがとうございました。
このブログを読んで、
そしてそういったお気持ちをいただけることは
本当に有難く嬉しく思いました。
ブログ書いてきてよかったです。

















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# by kissinheaven6002 | 2017-06-09 08:49 | ひとりごと。 | Comments(0)

旅立ち


母が旅立ちました。
朝の日差しに救われます。


穏やかな最期でした。
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# by kissinheaven6002 | 2017-06-05 04:50 | Comments(2)